モネブロ

地域情報他、日常で感じた事を記録している雑記ブログ

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楽あれば苦ありって言葉が怖い件。

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楽あれば苦あり

楽しい事があるとそのあと必ず苦しいこともあるということ。

逆に、今苦しい状況でも、いつかきっと楽しい事があるよ!という意味です。







そう信じるからこそ、苦しい局面も乗り切れるということから、多くの人が共感できることわざだそうです。




私はこの言葉がとっても怖いです。








幼い頃から、家庭で何度も何度もこの言葉を掛けられてきました

(考えて見れば、ことわざが好きな家族だったなあ。)



モネは小学校に入ってから高校を卒業するまでの12年間、学校が嫌いでした。


何故なら、喋りが下手な事を執拗に気にしていたからです。多分。


対面で喋るのも苦手やったし、ネット上でのチャットもすごく苦手やった。

追いつけない。空気感に。





今でも、反射的にその場のTPOに合った言葉を放つのが凄く苦手ではある。(ただのやばい人やな


まあでも、もう喋りが下手なことはそんなに気にならなくなった。自分に慣れたw






しかし当時は、まあとにかく人と喋る事に凄く苦手意識を持っていました。




・・・家で一人で文章を書いている時間が一番落ち着く。

文章はゆっくり書けるから。


当時は違う名前でしてましたが、ブログ書いたり、小説書いたりしてた。モネの原点?







・・・ところが学校では集団行動が必須。

そんなこんなで学校が嫌いだったのでした。(理由になるかな?)

日常的にガチめにゴネまくってたよ、行きたくないってな!(笑)

ただ、ゴネる回数だけ言われるのがこの言葉だったんです。


「苦あれば楽あり。今苦しい状況でも、乗り越えたら必ず楽しい事がある!」










・・・小さなモネはこう言ってました。

モネ「今私を助けてくれない、どこにあるのかも分からない『楽』なんていらないから逃げたい。」

なんか小学校の時からこんなことを言う性格でした。憎たらしいですね。だから友達少ないんだ。

・・・と言いつつも、自分は幼いから分からないだけで、ひょっとしたら本当にいつか『楽』がやってくるのかも、という一縷の望みはありました。

でもその『楽』、のろまだな。使えねえな。と思った次第。

・・・すると家族は戦略を変えてくるのです。




家族「学校休み過ぎると評価下げられて、良い学校行けんくなるで。」

モネ「それはまずい、仕方ないから行く。」



良い学校に行かないといけない理由は特になかったのですが、謎の自尊心があったのでこの言葉が効いてました。


精神論よりも数字で説明された方が腑に落ちるのです。










てなかんじで「苦あれば楽あり」と言われ続けたモネでした。・・・が、

大学に進学すると、不思議なことに逆さで言われるようになりました。



大学が楽しすぎてwwwwwwwwwww

遊びを覚えてしまったモネwwwwwwwwwwwww




思い込みによる苦しみから自分を解き放ち(あと喋りが下手な自分を諦め笑)、

ついに待っていたを手にしたんですね。


ところが家族の反応よ。


「楽あれば苦あり。今楽しい状況なら、いつか苦しい時がやって来る。」

なぜそうなった。(笑)

意味が通ってない事はない。

遊び呆けてたらまともな仕事に就けんぞ、勉学に励めよ。って意味で言ってたんだろうな。

その脅しに、モネは多少ですが怯えていました。




・・・まあ仰る事は正しかったったのかもしれない(笑)






別に色々あった訳ではないけれど、一身上の都合で、新卒で入った会社は二年少しで辞めることになった。

その二年間は自分の人生上、燦燦たるものだった。

学校行きたくない12年間と比較しても、体への出方が明らかに違って、超怖かった。

毎日泣きながら通勤してた。

家で仕事の事を考えていたら呼吸が上手く出来なくなって、緊急外来に運ばれたことや、

体の別々の場所が異様に痛んで一か月に2回精密検査を受けたこともある。

もちろん体のパーツは健康そのものだったので、その時の結果の入ったDVDがいまだに実家にあるんだけど、いつか体が衰えた時に再生して懐古できたらなと思います。(家庭用PCで再生できるのかは知らない)




まあそんなこんなで甘ちゃんの心と体はぼっろぼろでした。

鳴りやまない嗚咽の音を聞いた家族は「辞めたらいいんちゃうん?」って言ってくれた。

あれだけ「学校を休むと評価が悪くなるから行くんや」って言ってた親が、「辞めたらいいんちゃうん?」って最初に言ってくれた時は、別人格が宿ったんじゃないかと思った。

今思えば、そんな親がそうなるほど私は病的な感じになってしまっていた。



そして親は、「楽あれば苦あり」という言葉を掛けてきた。

しかしその時にはこの言葉へ感じていた不信感は確実なものになっていた。






この言葉!心から怖いと思います。


だってさ、ホンマに苦しい時ってこれ聞いて「じゃあ頑張ろ」ってなる?

頑張る気力がないくらい疲弊してる時に、この言葉聞いて元気出せるか?ならんくね???

いくら自分を奮い立たせても元気が出せない次元に立っているから疲れてるんじゃないんか?







そう思うのです。モネの場合。



その後運よく転職に成功し、現在は明るいうちに家に帰って好きな事ばっかり出来る幸せな日々を送っているのですが、

今度は「苦あれば楽あり。」自由で居過ぎるといつかバチがあたるらしいです


幼い頃は不信感を得ながら「大人が言ってるからもしかしたら本当なのかも」っていう気持ちも確かにあり、飲み込もうとしていました。

ですが今は、取捨選択できるようになりました。ちょっとは大人になった?





とはいえ、今も一抹の不安がぬぐえません。

この幸せは長くは続かないんじゃないだろうか。


もしも上司が変わって急にブラック部署になったら。

もしも友達が全員去っていってしまったら。

もしも急に体が使い物にならなくなって、働けなくなったら。家賃が払えなくなったら。


楽あれば苦あり、苦あれば楽あり。

そんな「もしも」、考えるだけ無駄なのに。今は、今を生きなければならないのに。






幼い頃から植え付けられてきた考えが、胸の深いところに居るそれが、執拗に自分を痛めつけているのが分かります。










鏡を見ればブスだけど、鏡を見なければ私は絶世の美女なのです。だから落ち込む必要はない。


そんな感じに、ある程度自分を洗脳、コントロール出来るようになった気がする今でも、時々勝てない物がある。


なんだかなぁ。




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