
EXPO 2025 大阪・関西万博の思い出 〜はじめに〜
どうも万博大好きモネです。
通期パスを購入し、本日までに8回行きました。
地域情報を取り扱っている当ブログの性質上、万博情報も「ブログに書きたい」とずっと思っていました。
しかし、万博に行くの含め忙しくて体力の限界近かったのと、万博情報はガチるとキリがない(そういうのは既に他のブログがやっている)と感じたため、思い出記録形式で自分自身のためにゆるゆる残していくことにしました。
「EXPO 2025 大阪・関西万博の思い出」というタイトルで、複数回にわたって書いていこうと思います。
~前日譚~ 想いを募らす 2018年~2025年5月
2018年11月に、大阪が開催地に選ばれたのを知った時、とにかく嬉しかったのを覚えています。
「また日本で万博をやってほしい」と思っていたので、その願いが叶った事と、会場が関西であることがダブルで嬉しかったです。
また万博をやってほしいと思ったのは、2005年の愛・地球博が自分の人生のプチターニングポイントになったからです。
愛・地球博はとにかく列に並んだ記憶が濃いですが、私にとって人生で初めて人類の未来に希望が持てた機会でした。
まだ小学生だったので難しいことは分からなかったですが、沢山展示を見た中で、特にリニアが印象的でした。
リニアは超電導磁石の力で浮上しながら走行するリニア。
新幹線の最高速度は320km/hですが、リニアは500km/hが出せます。
東京-大阪間を比較すると、新幹線は2時間以上かかりますが、リニアだとその約半分の1時間程度で到着できます。 ※詳細はJR東海のHPをご覧ください
これは当時の私にとって衝撃的な話でした。
科学の力で、人々の生活はもっとよくなる。
そう信じることができたからこそ、その後のリーマン・ショックや、震災などの
日本中が暗くなった時期でも未来への希望を捨てずにいられたのではないかと思います。
また、現在も、このブログで地域情報や観光地情報等を発信していますが、この起源は愛・地球博にあります。
夏休みの自由研究で愛・地球博のレポートを雑誌風に作成したところ、先生から地域の大人にまで公表でした。
「愛知は遠いから興味がなかったけど、モネちゃんの自由研究を見て行きたくなったから行ってきたよ」という声を聞いたときはドーパミンが出まくったのを覚えています。
私の書いた文章や、私の撮ってきた写真を見て、「行ってみたい」と思ってもらえる。こんな幸せなことはないと思います。
~開幕~ リハビリがんばる 2025年4月
とはいえ別の記事でも触れた通り、春先に大手術を行い、体力がすっからかんになってしまいました。
5分座っただけで体力が尽きてベッドに倒れ込む。
こんな状態で歩けるようになるのはいつだろう。
万博の会期終わりまでに復活できるのか不安で仕方ありませんでした。
万博にいつ行けるんだろうと思いながら開幕を迎えました。
行ってる人をうらやましく見ながら、リハビリに勤しみました。
やっとの思いで初来場 2025年6月
リハビリに打ち込んだ結果、半年かかると言われていた回復を巻きに巻き、6月に行くことが出来ましたd(≧▽≦)b
夢洲駅を出て、大屋根リングがチラ見えしたときは感動でした。

さらに、東ゲート前の国旗を見て感動。
ざっくり言うと「色々ある」各国ですが、団結して一つの祭典を作り上げていることを象徴していると思いました。

ミャクミャク様。
初めて見た時(2022年)は不気味に感じたのを覚えています。
しかし、関西に住んでるとしょっちゅう見かけるので、単純接触効果で愛着を持ちました。
今では可愛く感じます。
圧巻の大屋根リング
実際訪れるまでは、建設費300億円超でメディアから叩かれているイメージしかありませんでしたが、実際見てみると圧巻。
写真では伝わらないと思いますが、自分が今まで見てきた建物の中でも極めて異質な形をしていて、芸術性を感じました。
スケールについても、木造の建築物の中で、これほど大きいものは見たことがありません。

日本の伝統的な木造建築の技術、「貫(ぬき)」や「仕口(しぐち)」という接合技術が用いられているのが特徴です。

今回の万博のシンボルである大屋根リング。
基本的には取り壊す方向性だと聞きましたが、太陽の塔のように、後世に語り継がれる存在として残り続けてほしいなと思います。
いかがでしたでしょうか。
こんな感じで、マイペースに思い出を記録していきますので、お付き合いくださいませ。
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