ご無沙汰しております。モネです。
29日前の「腰を痛めて踏んだり蹴ったり」以降の更新となります。
ご心配をおかけしていたらすみません。
あの後、座るだけで姿勢が矯正されるヤツを買ったり、シップを貼ったり、休養を十分に取ることで腰の痛みは軽減し、今ではほぼ無くなりました。
腰の痛みがなくなってからは、リハビリに勤しむ日々を送りました。
初めは100m程度歩いたら限界というところまで体力が落ちていたので、
毎日100mを何回も歩くところから始まり、
1km位歩けるようになってからは、1kmを5、6セットする日々を送りました。
「歩ける」というのは、その距離を歩いたら限界を迎えてそれ以上動けなくなり、1時間程度寝たら回復する、という状況ですので、1日のほとんどがリハビリで終わる日もありました。
初めての傷病休暇 感想
傷病休暇をとったら、資格の勉強や、本を読むことが出来るのでは。と思っていたのですが甘かったです。
体力はリハビリと家事で使い切ってしまうので、あとは頑張れない(好きな事しか出来ない)日々でした。
気力が少し残った日はひたすらイラストを描いていました。
今数えたら、この一か月で少なくとも16枚、短い漫画を2作品描いています。
心なしか絵が少し上手くなったような。
実は大学を卒業して就職してから、仕事をしなくなる期間が出来るのは3回目です。
1回目は、1社目を辞めた時。5日間でした。
この時はブラック企業だったので、何かと理由をつけて有休を消化させてもらえませんでした。
引っ越しの為に必要だと主張し、引っ越しなんて1日で終わるから有休を取る必要ない/他に誰も有休を取ってないのにお前にだけ取らせるわけにはいかないと言われつつ、お願いをしまくり、残りの有休の3分の1にも満たない「5日」を頂いた記憶があります。
この時は引っ越し・諸々の手続きに時間をかけたあと、高知旅行でリフレッシュしました。
2回目は、2社目を辞めた時。2か月と2週間ほどでした。
2社目は物語の世界だけの存在だと思っていたホワイト企業だったので、有休を全て使わせてもらいました。神。
3社目の入社日を、2社目退社から2か月後にしたので、2か月間空白期間が出来ました。
この時は、この空白をいかに有意義にするかに燃えていました。
自信を持てるように意義のある2か月にするぞ~~~o(炎_炎)o
と、下記の記事にも書いています。
何者でもない「空白期間」は恐ろしい。
2ヶ月は何かを成すには十分な期間だ。
他人の目が無い中、有意義な時間に出来るかは自分次第。
らしいです。ふーん( ´_ゝ`)
その結果、お金をたくさん使って色々な経験をしました。良かった。
3回目が今回。1か月と10日程度ですね。
今回は病人だったので、有意義かどうかよりも「早く回復したい。そして万博に行きたい」という想いが強かったです。
初めて長期間?病人になって、体力をなくして思ったのは、別に頑張って有意義にしなくても、好きなように時間をつかっていいんだ。ということでした。だって自分の人生だしね。
【この期間で学んだ3つのこと】
①病人やハンデを持った人には親切にすべし
②一生懸命働いて会社で意思決定できるポジションになることで、女性の社会進出を進める一助になりたい。と思ってたけど、別にそれだけがわたしの人生じゃない。
③好きなことを仕事にするっていうのは、好きなことだけが出来るわけじゃない。
当たり前のことばかり書いていて「だからどうした」って感じだと思うけど
今までこれらの重要性が分かってきていなかったという事実があって、それに気づけたという意味でこの期間は大きかったと思う。
(②について補足
私は社会に出て3社で働いて、女性管理職を2人しかみたことがない(二人とも子どもなし)ので、「女性は会社でバリバリ働くためには子どもを諦めなきゃいけないんだ」と絶望しているからです。
私は病気もあるので子どもに恵まれるかは分からないし、無能なので会社でバリバリ働けるのかも分からないですが、
無能な私が子どもを育てながらバリバリ働きたいと足掻く姿を見せたら、後任たちが絶望する種を一つ取り除けるんじゃないかなという希望を持っています。)
本当に貴重な時間を過ごせたと思う。
病気の方は手術したことによって今後もリスクが付きまとうので、手放しに「良かった」とは思えませんが。
得られるものがあって本当によかった。そんな時間を過ごせて良かったです。
これも支えてくれた家族、心配してくれた友人、仕事の調整をしてくれた職場の人達のおかげです。